戦い方の探索者

戦い方の探索者であるとともに、勝利の支援者としてありたい

不思議の[ゲームの]国のアリス その2

 

●涙の海

 

ひとしきり泣いたアリスが顔を上げると、広間ではなく、黒い壁の部屋にいる。
「どこかしら、ここ……?」
あたりを見回すアリス。
「わっ、つめたっ!」
足元を見ると、くるぶしのあたりまで水に浸かっている。
「なんなの?! この水!」
とアリスが叫んだ瞬間、どこからか誰かの声がした。

 

「いや~、ひどいブリーフィングルームだよ、ここは」
アリスは再びあたりを見回す。
すると、アリスの後ろにネズミがいた。
大きさはアリスほどもある。
「ネズミ……さん?」
「ああ、そうさ。ネズミと呼んでくれ」
アリスはちょっと驚いたものの、ウサギが二本足で走るくらいなので、大きなネズミがしゃべるのももっともなことだ、と勝手に納得した。


「ネズミさん、ここはどこなの?」
「ここかい? ここはブリーフィングルーム。ミッション前に作戦の説明が行われたり、ミッション参加者が打合せをするところさ」
「ミッション? よくわからないわ…」
「君、もしかして、このゲームは初めてなのかい?」
「ゲーム? よくわからないけど、ちょっと前にウサギを追いかけてきたら、ここにいたの。あ、私の名前はアリス」
「そうか、アリスはまだ来たばかりなんだね。そうか……」
ネズミは、そのつぶらな目を見開いて、じっとアリスを見つめた。
アリスはどうすればいいかわからないので、ネズミの目を見つめ返した。

 

しばし沈黙が続いたあと、ネズミが切り出した。
「ふむ、状況を確認しよう。ねえ、アリス、君がこの部屋に来るまでのことを、ちょっと詳しく話してくれないかい?」
アリスは、ウサギを追ってきたことや、穴から落ちておかしなシートに座ったこと、クリスタルのドアのことなどをネズミに話した。


「そうか、なるほど、初回のミッションは終了しているんだね」
ネズミは2、3回うなずいたあと、話を続けた。
「アリス、君がシートに座ってしたことは、ゲームのミッションだったんだよ。ミッションというのは、任務、つまりやらなきゃいけないことのことさ」
「ゲームのやらなきゃいけないこと……? そうなの…でも、なんで……?」
「なんでって? そりゃ、そこにゲームがあるからさ」
「……よくわからない」
「まあ、いいさ。でも、アリスがここにいるってことは、次のミッションをやるためなのさ」
「そうなの?」
「ああ、この部屋に入れるのは、ミッションに参加するプレイヤーだけだからね。あ、プレイヤーっていうのは、ゲームを遊ぶ人のことさ」
「ゲームを遊ぶ人? ゲームならいろいろお姉ちゃんと遊んだことがあるけど、このゲームは楽しい?」
「ああ、とっても! 少なくともボクはそうだね。どうだいアリス、教えてあげるから、一緒に遊んでみないかい?」
ネズミはとってもそわそわした感じで、楽しそうに体を震わせた。
その様子にアリスはふふっと笑ってしまい、広間のドアたちに否定されて悲しかった気持ちが消えた。
そして、再び好奇心が膨張を始めた。
「わかったわ! ネズミさん、一緒に遊びましょう!」

 

「よしきた! じゃあ、遊ぶために、いろいろと教えるよ~。
まずは、ゲームの知識を知らなきゃだめなんだ。」
「知識?」
「そうさ、このゲームがどういうルールなのかとか、そういった遊ぶために知っておかなければいけないことを、知る必要があるんだ」
「わかった!」
「OK、では、シミュレーションをやりながら説明しよう」
「シミュレーション?」
「本物に似せた訓練さ。さあ、ボクの横のシートに座りなよ」
アリスは、ネズミがまたがっているシートの横に並んで設置されているシートにまたがった。
すると、アリスの前に再びモニターが3つ出現した。


「よし、座ったね。じゃあ、ハンドルの真ん中にあるボタンを押してみて」
アリスがボタンを押すと、モニターの画面に文字やイラストが表示された。
「それが説明書さ。右ハンドルのボタンを押せばページをめくれるよ」
「ネズミさん」
「なんだい?」
「わたし、あまり文字を読めないの」
「ありゃ、そうなのかい。じゃあ、ボクが口で説明するしかないなぁ」
「ごめんなさい」
「大丈夫大丈夫。アリスは、文字を読むのは苦手なのかい?」
「うん。あんまり好きじゃない。読めればいいと思うけど…」
「そうかい、なら、まずは自分の好きなことを見つけるといい。
そうして、その好きなことが文字で書かれている本や記事、とくに簡単なものに触れることから始めるのがいいよ」
「うん。そうする。好きなことね」
「ああ、ただ、わからない言葉があったら、その意味を調べることだけは忘れないで。
わからない言葉が減るということが、読めるということになるから」
「うん」
「よし、じゃあ、シミュレーションをやりながら説明するよ」
ネズミとアリスの画面に、『シミュレーション開始』という文字が表示され、ロボットが映し出された。

 

ネズミは、このゲームはロボットを使ってミッションを達成していくゲームであることを説明し、操作の基本を教えた。
ロボットの操作は、ハンドル操作だけでも動くが、シートを前後左右に体重をかけて傾けると、より素早く動くことができる。
ロボットの武器や防御のための装備は、ハンドルについているボタンで操作する。

 

基本操作を一通り教え、たどたどしさは残るがアリスがある程度できるようになったのを見計らって、ネズミの教えは次の段階へ進む。
ネズミはシミュレーションの進行に合わせて、ゲームのルールとシステム、基本的なアイテムの効果と使い方、敵の表示とその表示からの情報の読み取り方、攻撃と防御のやり方、地理から受ける影響などについて、順に教えていった。

 

「どうだい? アリス」
「うん! 少しずつだけど、思い通りに動かせるようになるのが楽しい!」
「いいね! その調子その調子」

 

さらにシミュレーションを重ね、アリスがだいたいロボットを思うとおりに動かせるようになったのを見て、ネズミは言った。
「よし、これくらいでいいだろう! アリス、じゃあ、ミッションを始めるよ!」
「えっ、もう本番? まだ不安……」
「なーに、シミュレーションでここまでできるようになれば上々さ。
ここまでになれば、ひとまずは実戦をやってみたほうがいい。
そして、そのあと、実戦とシミュレーションによる訓練を交互に行うのがいいと思うよ」
「そうなんだ。じゃあ、ミッションに行く!」
「おうとも! じゃあ、ミッションの説明をスタートさせるよ」

 

ネズミがボタンを押すと、ミッションの説明が機械音声によって開始された。
地形は海、敵は2機でプレイヤーネームは「子犬」と「猫」、ミッションの目的は敵の撃破、とのことだ。

 

「うげぇ~、子犬と猫か……」
うんざりした顔をするネズミ。
「嫌いなの?」
とアリス。
「強敵ってわけじゃないけど、子犬と猫は生理的にダメなんだ」
(どっちもかわいいのに、とアリスは思ったが、まあ、人それぞれ、というか生物それぞれなので、何も言わないことにした)

 

「よし、アリス、役割分担を決めよう」
「うん」
アリスとネズミは、自分たちの機体と敵、そして地形のことを考え、装備と役割を考え始めた。

 

アリスの機体は、初心者に支給される、機動力、火力、防御力のバランスがとれた機体で、武器はマシンガン、防具は盾を持っている。
また、格闘用の武器として、金属製の棍棒を腰に装備している。
ネズミの機体は、装甲を削って重量を下げ、出力は高いが重いジェネレーター(発動機)を積んでいる。
そうして高いエネルギーが必要な両手持ちの大型ビームライフルを装備できるようにするとともに、足回りを強化して機動力を高めている。
格闘戦では、ライフルについているビーム銃剣か、腰に装備した金属製の短剣を使う。

 

敵の機体の情報は、不明。

 

地形は海。
このゲームのミッションの大部分は陸で行われるので、すべてのプレイヤーは陸で戦うための改造を機体にほどこしている。
そのため、地形が海に設定された際は、改造した陸用装備と同等のレベルの海用装備が、そのミッション限定で支給されることになっている。
(ジェネレーターだけは変更ができず、それ以外の装備は海用装備に変更ができる、というルール)
プレイヤーは、海用装備に変更して海面や海中で戦うもよし、あるいは、陸用装備のまま、海面をホバー走行やボードに乗って移動して戦うもよし。

 

ネズミは、大型ビームライフルが海中の敵相手では威力がとても低くなるので、装備のすべてを海用に変更することにした。
装備するのは、誘導魚雷(高速)、誘導魚雷(低速)、格闘用ロングクロー(長いかぎ爪)、増加装甲。
そして、機体そのものは潜水タイプ(人間型)を選択した。
完全に海中に潜って戦うスタイルである。

 

アリスも、マシンガンが海中の敵相手では効果が薄いので、装備のすべてを海用に変更することにした。
装備するのは、速射砲、誘導魚雷(高速)少々、散布型対潜弾(海中の一定の範囲に、触れると爆発する小さい爆弾を大量に放つ武器)、格闘用ラム(衝角、つまりツノ)、増加装甲。
そして、機体そのものは水上走行タイプ(水中翼船型)を選択した。
水上を走り回って戦うスタイルである。

 

移動や武器の操作感覚が陸用と比べてだいぶ変わるため、ネズミとアリスは再度シミュレーションを繰り返した。
「ネズミさん、わたしの機体とネズミさんの機体の移動速度がかなりちがうけど、大丈夫なの?」
「たしかに、2人の移動速度を合わせたほうが連携はとりやすいと思うよ。ただ、ある程度は自分が楽しいと思う装備で戦いたいと思わない?」
「うん」
「でしょ? ボクは人間型で戦いたいし、アリスは船に乗ってみたい。まずはそこが大事さ。
なあに、きちんと互いの長所と短所を理解すれば、連携してうまいこと戦えるさ」
「あと、ふと思ったのだけど、敵が鳥みたいに飛んできたら、どうすればいいのかしら」
「ああ、それは考えなくても大丈夫。
このゲームで空を飛ぶためには、プレイヤーが一から装備を設計する必要があるので難度がかなり高いし、
仮に空を飛ぶことができても、ジェネレーターの力のほぼすべてを空を飛ぶことだけに費やさないといけないから、持てる武器が短剣や鉄球数発なんかになる上に、装甲もほとんど装備できないんだ。
つまり、敵にほとんどダメージを与えることができないのに、敵からダメージを受けたらすぐに致命傷を負ったり飛べなくなったりする機体になるので、ちっとも怖くないってわけ」
「そうなんだ。わかったわ!」

 

ネズミとアリスはシミュレーションを終え、いよいよミッションを開始することにした。
「よし、ではミッション開始のボタンを押すよ~」
「うん」
ネズミがボタンを押すと、画面に『ミッション開始 目的:敵軍撃破』と表示された。

 

その表示に続けて、正面のモニターにはロボットの姿がその背後から見下ろすかたちで表示され、左のモニターにはマップ(地図)と自分たちの位置、
右のモニターには各部の被弾状況や残弾などのステータス(状態)が表示された。

 

ちなみに、敵の位置はマップに表示されるが、敵が動いていれば表示されるものの、敵が停止していると表示されない。
この機能は敵の「動きを探知する」ということで、モーショントラッカーと呼ばれている。

 

そしていよいよ、戦場となる海にネズミとアリスが出現した。
マップにはまだ敵の姿は見えない。

 

2人は前進を始める。
と、ネズミが口を開いた。
「アリス、敵はじきに現れると思う。
敵が目で見えるようになったら、よく観察するんだ。
敵がどんな機体かは、戦闘前にはわからないことで、それこそ本や説明書には書いてないことだからね。
自分でよく見なきゃいけない」
「うん。でも、訓練ではやったものの、見れるのか、不安だわ」
「なあに、リラックスさ、アリス。
まずは敵の機体の表面にあらわれている武器や防具を見て、そして、余裕があるようなら機体やその構造を…と言いたいとこだけど、まずは武器だけでいいさ」
「わかったわ。武器ね。武器を観察、武器を観察、武器を観察…」
「OK! いい感じ!
見ただけでよくわからないなら、ちょっと攻撃して突っついてみて、試行錯誤して、つまりいろいろ試してみて、情報を得てね~」
「うん。武器を観察、試行錯誤。武器を観察、試行錯誤。武器を観察、試行錯誤……」
「じゃあアリス、そろそろボクは潜るよ。今から連絡できなくなる。またあとで~」
「ええ! またあとで」
ネズミの機体は海中へと潜り、見えなくなった。
アリスは、その潜水のタイミングに合わせて、前進スピードをかなり緩めた。

 

少し経ったのち、アリスのマップに敵を示す赤い丸が表示され、警報が流れた。
「来たわね!」
アリスはつばを飲み込んだ。
船首を敵のほうへと向ける。

 

ネズミも、海面下で敵を探知した。
「この速度、どうやら2機ともホバータイプか。まあ、こちらの作戦に変更はないね」

 

アリスは前進を続け、敵を視認できる距離になるやいなや、急にスピードを上げた。
「行くわよ!」

 

敵のプレイヤーは子犬と猫。
アリスよりは経験を積んでいるが、ネズミほどではないプレイヤーたちだ。
子犬も猫も同じ機体を使っている。
機体は人間型のホバータイプ、そして速射砲2門(両手に1門ずつ)、散布型対潜弾多数を装備している。
格闘戦は考慮せず、めいっぱい速射砲の弾と対潜弾を積んでいる。
また、ホバータイプはジェネレーターの力をそれなりに使うので、装甲は薄めになっている。

 

「敵は1機ワン。ふーん、もう1機は潜っている、ということかワン」
子犬が言う。
「あの見えてるやつが突っ込んでくるにゃあ。まずはこちらを集中して倒すにゃあ」
と猫。
「ワン!」

 

アリスは、最大速度で2機のうちの1機、猫に向かって突っ込む。
「武器を観察! ……わたしのと同じ砲!」
子犬と猫は速射砲で迎え撃つが、アリスの機体の先端に張られた装甲が砲弾を弾き、たいしたダメージになっていない。
「にゃあ、弾のムダにゃあ! 射撃をやめてヤツの体当たりの回避に専念、やり過ごしたところを後ろから狙うにゃあ」
「ワン!」

 

「今のところ、その他の武器はわからない! 予定通りに突撃してみる!!」
アリスはそのまま突撃するが、その突撃は、すんでのところで回避された。
「今だ! 追いかけつつ、射つにゃあ」
「ワン!」
子犬と猫は、急速に遠ざかろうとするアリスを追いかけ、その船尾に射撃を集中させる。
アリスは船尾の速射砲で反撃しながら逃げる。
子犬と猫は、アリスに射撃されているほうはジグザグに動いて回避しつつ追いかけ、射撃されていないほうは猛烈な射撃をしながら追いかけてくる。

 

アリスの機体の船尾のダメージが大きくなり、速射砲も破壊されてしまった。
その時、アリスは後方の子犬と猫に対して、散布型対潜弾を発射した。
「おっと! 対潜弾! 突っ込むのはまずいにゃあ! 減速!!」
「ワン!」
子犬と猫は速度を下げ、雨あられと降り注ぐ対潜弾に突っ込むことをまぬがれた。
対潜弾は、そのまま海面に落ちて、沈んでいった。
「にゃあ、少し発射のタイミングが早かったようだにゃあ! にゃにゃにゃ」
「ワワン」

 

と子犬と猫が動きをゆるめた瞬間、海の底から伸びてきたクローが、子犬と猫の機体の脚部をつかんだ。
「にゃんだにゃあ! にゃっ! 潜水のほうか!!」
「ワン! ワン!」

 

「あ~、ほんとは触りたくもないのに!」
ネズミは身震いしながら、犬に向けて高速魚雷を発射した。
「ワ、ワオ~ゥン!!!!」
ネズミの機体の左手のクローも巻き込み、犬の機体が爆発した。

 

「犬~っ! よくもやったにゃあ!! しかし、こっちをつかんでいては、お前も動けにゃい!! くらうにゃ!!」
猫は対潜弾をネズミに向けて発射した。
が、その対潜弾がネズミに届く前に、猫の機体はバラバラになっていた。
戻ってきたアリスの体当たりが直撃したことによって。

 

子犬と猫の撃破が決定した瞬間、画面に『ミッション成功』という文字が表示され、ミッションが終了した。

 

ネズミとアリスがまたがっていたシートが消える。
「アリス、最後の一撃はお見事だったよ!」
「ありがとう! ネズミさんが立てた作戦のおかげね!」
「それほどでも! ま、連携がうまくいって良かったよ~」
「ふふふ」

 

2人はしばし、勝利の喜びを分かち合った。

 

その後、ネズミは
「それじゃ、また何かのミッションで一緒になったらよろしくね~」
といって、部屋から消えた。
と同時に、部屋の壁が消え、周囲が開けた場所になった。

 

アリスが足元を見ると、くるぶしはいまだに水に浸かった状態だ。
どうやら、ひどく遠浅の海に立っているらしい。

 

足元を見ていたアリスが顔を上げると、少し先に砂浜が見えた。
アリスは、その砂浜へ向かって歩き出した。