戦い方の探索者

戦いの知恵を身につけ、自分の戦い方を築く。

不思議の[ゲームの]国のアリス その6

 

●見えない試練


アリスと赤ちゃんは、連れだって森の中を歩く。

 

「ばぶー。アリスは、これからどうするの?」
「そうね、これまでは目の前で起こることに対応するのでいっぱいいっぱいだったけど、
スキルのレベルも少しは上がったと思うし、クリスタルのドアへ入りたいから、またドアを探そうかと思ってるわ」
「ばぶー。そうなんだ」
「赤ちゃんはどうするの?」
「ばぶー。風の向くまま、気の向くまま」
「ふふ、自由ね」

 

そんな話をしていると、
「アリス、赤ちゃん」
と、急に呼び止められた。
アリスと赤ちゃんがあたりを見回すと、木の枝の上にチェシャー猫がいる。

 

「チェシャー猫さんじゃない、こんなところでどうしたの?」
チェシャー猫を見上げてアリスが聞く。
「なーに、ちょっと試してみたいと思った。にゃあ!」
チェシャー猫がニヤリと笑って叫ぶやいなや、戦闘が開始された。
アリスと赤ちゃんの耳に、『戦闘開始:敵を撃破せよ』という声が響く。

 

「チェシャー猫さん!? いきなり戦闘なんて!」
「ばぶー!? 戦闘!?」
あわてふためく2人。
「ほら、もう戦闘は始まっているよ。2人で力を合わせてかかってくるといい……にゃあ」
チェシャー猫がそう言うと、枝の上にいたチェシャー猫の姿がすーっと消えた。

 

「消えた!?」
「ばぶー!?」
ふたたび、あわてふためく2人。
「どういうことなの?!」
「ばぶー。わからない。モーショントラッカーに反応はないよ!」
アリスと赤ちゃんは、まわりを見回す。

 

しかし、どこにもチェシャ猫はいない。
「どこ!? もう! なんだかめまいがしそう!」
アリスはやたらめったら剣を振り回す。
「ばぶー!?」
赤ちゃんも、アリスのいない方角に向けてやたらめったら撃ちまくる。

 

そうこうしていると、突然アリスの機体のジェネレーターが爆発し、赤ちゃんの機体のジェネレーターも損傷を受けて機能を停止した。
『戦闘終了:敗北』という声がアリスと赤ちゃんに聞こえる。
2人はなにがなにやらわからず、呆然として立ちつくす。

 

すると、目の前にチェシャー猫が姿を現した。
「アリス、赤ちゃん、2人とも、まだ足りないものがある。にゃあ」
「チェシャー猫さん……」
アリスはチェシャー猫を見る。
そして、そのままアリスがふと横を見ると、赤ちゃんの姿は子ブタになっていた。
「赤ちゃん!?」
「ぶー? どうしたのアリス?」
子ブタが返す。
「ブタになっているわよ!」
「ぶー? そうかな? 元からこんなだけど」
「そ、そうかしら……?」
アリスは、明らかに元からそうではないと思ったが、子ブタがとくに問題にしていないようなので、それ以上聞くのはやめた。

 

そんな2人を見つつ、
「それじゃあ、アリス、子ブタ、次に会うときを楽しみにしているよ……にゃあ……」
と言い残して、チェシャー猫は姿を消した。

 

アリスと子ブタはその場に座りこみ、しばらくその場でため息をついたり、ぼんやりしていた。
やがて、落ち着きを取り戻した2人は、実力に足りないことがあることを強く心に留めた。
そして、アリスと子ブタが次に会うときには、互いにその足りないことの答えを見つけていようと約束し、別れた。

 

 

●落ち着かないお茶会


アリスが森の中を進んでいると、小さな家が見えた。
家の前には長いテーブルが置いてある。
テーブルにはイスに座っている1体のロボットがつっぷして寝ており、そして、テーブルの周りを2体のロボットがぐるぐる回りながら撃ち合っている。

 

つっぷしているロボットはヤマネという名前のプレイヤーで、撃ち合っているのは、三月ウサギと帽子屋という名前のプレイヤーらしい。
どうやら3人でバトルロイヤル(3人以上で戦って、生き残ったプレイヤーが勝利となる形式)をしているようだ。

 

アリスが近づくと、バトルロイヤルへの強制参加となった。
「なんだ! 君は招かれざる客だな!」
帽子屋が動きを止めてアリスに叫ぶ。
「ごめんなさい、つい近づいたら、戦闘に乱入してしまったわ」
とアリス。
「不注意もたいがいにしろ!」
帽子屋がまた叫ぶ。
「よし、じゃあぼくが招こう。名前は?」
と三月ウサギが割って入った。
「アリスよ。みんな戦っているのかしら? そこで寝ている人はなに?」
「質問は重ねるものじゃないね。あれはヤマネ」
そう言って三月ウサギがヤマネに向かって肩に装備した大砲で砲撃する。
ヤマネの近くで爆発がおき、クッキーを盛った皿が飛び散るが、ヤマネは起きない。
「ウヒヒ! 寝てる寝てる!!」
帽子屋もそれに合わせてヤマネに向かって斬りつけるが、その剣はヤマネから外れ、テーブルの上の紅茶ポットを叩き割っただけだった。

 

すると、今度は突然ヤマネがむくっと起き上がり、
「チャージ終了~むにゃ」
とつぶやいて、砲身の長いビームライフルをぶっ放した。
ビームは帽子屋の帽子を貫通し、そして三月ウサギの家の窓ガラスを割って家の中に着弾、爆発した。
「ウヒヒ! 三月ウサギの家が!」
「ハハハ! オー・マイ・ハウス!」
と帽子屋と三月ウサギは爆笑している。
ヤマネはふたたびイスに座ってテーブルにつっぷし、寝息を立てだした。

 

帽子屋と三月ウサギは、またテーブルの周りをくるくる回りながら撃ち合いを始める。
2人は踊るように動きながら、適当に撃ったり斬ったりしている。
ヤマネは眠ったままで、ビームライフルのチャージが終わったタイミングで起きてはビームをぶっ放す。

 

アリスはあっけにとられ、ぽかんとした。

 

「おいおい、こんなことでぽかんとしているようじゃ、この先、生きのこれないぞ」
と三月ウサギ。
「ぽかんとしてると生きのこれない……」
アリスは、はっと気づいた。
(生きのこれないのは、足りないことがあるから、ということでもあるわよね)

 

「ねえ、三月ウサギさん、ぽかんとしない方法ってあるのかしら」
「ぽかんとしない? ああ、あるとも。平常心を知ってるかい?」
「ううん、知らないわ」
「平常心とは、『ふだんと変わらない心』という意味さ。
プレッシャーを感じたり、予想外のことが起こったりしたときにも、ふだんと変わらない心を維持できる精神的スキルのことだよ。
この平常心という名の精神的スキルは、判断などの知能的スキル、また、操作などの身体的スキルに強い影響を及ぼすのさ」
「強い影響……
どんな影響なの?」
「えいきょーーー!!!」
急に帽子屋が叫ぶ。
三月ウサギは、帽子屋を無視して会話を続ける。
「平常心がないと、プレッシャーを感じる状況に置かれたときに、萎縮したり興奮したりして、ふだんと変わらない判断や操作ができなくなる。
また、予想外のことが起こったとき、混乱してしまってふだんと変わらない判断や操作ができなくなる。
そんな影響さ。
強いだろう?」
「強いわ」
「つよいーーー!!!」
帽子屋が叫んで銃を撃ちまくる。

 

「帽子屋さんは、平常心があるの?」
とアリスは声を小さくして三月ウサギに聞いた。
「彼は、ふだんと変わらない心や行動をしている。平常心はあるだろうよ」
「そうなんだ……ふだんから、あんな感じなのね」
「あんな感じ? どういうことだ?」
「うーん、狂気を感じるというか、ふつうじゃない、かしら?」
「なんだ! 君は狂っているな!」
「わたしが? 狂っている?」
「他人に『自分のふつう』を押しつけるやつが、狂っていないとでも?」

 

アリスはその三月ウサギの返し方に動揺し、なんと返せばいいのかがわからず、うつむいてしまった。
すると、寝ていたヤマネが起きだして、
「お~い、平常心、平常心、むにゃ」
と言い、またレーザーを一発射撃して、寝た。
レーザーはアリスの顔面をかすめる。

 

「はっ」
アリスは、会話からそれはじめた意識がレーザーによってもとに戻り、
「ごめんなさい、三月ウサギさん、『自分のふつう』を押しつけてしまって。
で、どうすれば、平常心を身につけることができるの?」
と会話を仕切り直した。

 

「まずは呼吸を整えることだ。
身体が落ち着いていないことには、心を落ち着かせることは難しいからな。
とくに、息を吐くことのコントロールをするといい。

 

次に、自分の精神状態を自覚して、受け入れることだ。
緊張している、動揺している、喜怒哀楽を感じている、など、自分がどんな精神状態にあるかを自覚できれば、緊張や動揺を受け入れたり感情を受け流したりして、『ふだんと変わらない心』へ軌道修正するという対処ができる。

 

あとは事前に、2つの精神的な余裕をつくっておくことだ。

 

1つ目は、『価値観』による精神的な余裕だ。
『計画したことは絶対で、その通りに進めなきゃならん。予想外のことなどおこるはずがない』という価値観を持っていると、予想外のことに対応できない。
そういう価値観をしていると、予想外のことが起こったという事実に目と耳をふさいで知らんぷりして事態がとりかえしのつかない段階にいたるまで放置したり、あるいは、予想外の出来事に対してパニックに陥って大混乱の果てに場当たり的な対処を繰り返して大迷走するのがオチだな。

 

なので、価値観を変える。
『予期せぬことは必ず起こる』という価値観を持つ。
この価値観を持っていると、予期しないことが起こっても、「ほいきた」と考えて精神的に余裕をもって対応できる。

 

2つ目は、『資源の余裕』による精神的な余裕だ。
お金、空間、機能などに余裕を持たせておけば、予想外のことに対応しやすくなる。

 

ふだんの生活で言うなら、予想外の出費にそなえてお金を貯めておくようにする、ということだ。
あらかじめお金に余裕を持たせておくと、予想外の出費に物理的に対応できるようになるので、精神的な余裕を生み出すことができる。

 

この2つの精神的な余裕を事前につくっておくことで、予想外の事態に対応しなければならないときでも、『ふだんと変わらない心』を維持できる」

「ながーーーい!!!」
と帽子屋が叫ぶ。

 

「えーっと、事前に精神的余裕をつくっておき、呼吸を整え、精神状態を自覚する、ということね」
とアリス。
「そうだな。
言葉にすると簡単だが、実行することはなかなか難しい。
まあ、戦闘経験を増やし、さまざまな予想外の経験を重ねるといい」
三月ウサギは鼻をひくひくさせた。

 

「わかったわ。ありがとう、三月ウサギさん。
平常心、覚えておくわ」
と三月ウサギに対しておじぎをした。
すると、寝ていたヤマネが起きだして、
「お~い、勇気、勇気、むにゃ」
と言い、またレーザーを一発射撃して、寝た。

 

「ヤマネが何か言いたいようだぞ! 起きろ!」
三月ウサギがそう言い、ヤマネに向かって射撃をする。
「お~い! ヤマネ! 起きろ! ヤマネが話してくれ~!!」
帽子屋も、ヤマネに向かって撃ちまくった。

 

いくつかの弾がヤマネに当たると、ヤマネはむくりと起き上がり、
「いや~、いや、ずっと起きてて一言もらさず聞いてたよ」
と言った。
「話してくれ! ヤマネ~~!」
帽子屋が叫ぶ。

 

「いや、ね、精神的スキルには『平常心』だけでなく、『勇気』もある。
勇気とは、『恐れずに立ち向かう精神の力』さ」
ヤマネは話を始める。
「あ、それはわたしも大事だと思ってるわ!
決断するときに必要だもの」
ヤマネは1分ほど黙り、
「そう。決断するときには大事だね」
と言った。

 

「そうなの!
青虫さ……少佐が教えてくれたの。
勇気は決断に必要で、小さい成功を積み上げていけば身につけることができるって」
「話を行儀よく聞けないなら、きみが話すといい」
ヤマネは急にドスのきいた声になり、ビームライフルを一発アリスの近くへ撃ち込んだ。

 

「ごめんなさい……」
アリスは頭をたれて黙った。
「ヤマネ~! すまん~! 話を続けてくれ~~!」
帽子屋が叫ぶ。

 

ヤマネは再び話をはじめた。
「判断したことを実際に行動にうつすときには、その判断にともなうマイナスのリスク(不確実性)、つまり危険性を受け入れる必要がある。
しかし勇気がないと、危険性を恐れてしまい、危険性を受け入れられず、判断を行動にうつせない。

 

判断を行動にうつすには、危険性に対して自分が抱く『恐れという感情』に立ち向かう勇気が必要なのさ。
そしてこの勇気というものは、小さな成功を積み重ねて自分の力への信頼を高めることでつちかわれる」

 

そこまで話すと、ヤマネはまたうとうとしだし、テーブルの上につっぷして寝息を立て始めた。
「ご清聴ありがとうございました!」
帽子屋が叫び、また銃で弾をバラまき始めた。
三月ウサギも、立ち上がってヤマネに拍手を送ったあと、帽子屋に合わせて撃ち始める。

 

アリスは、アリスが乱入したこの戦闘が、ドロー(引き分け)で終了していることに気がついた。
しかし、戦闘が終了したにもかかわらず、三月ウサギたちは、アリスがここに来たときの状態と同じように銃で撃ちあっている。

 

「平常心と勇気、ね」
精神的スキルについての教えを授けてくれたことには感謝しつつも、その撃ちあいにあきれたアリスは、その場をあとにした。

 

少しだけ歩いたあとにアリスがふと振り返ると、三月ウサギと帽子屋が、テーブルの横に掘られたタコツボ(1人用の塹壕)にヤマネを押し込んでいる様子が見えた。